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人物・仏像説明

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明王像
不動明王(ふどうみょうおう)
密教の第一の仏である、大日如来の化身であり、使者として働く使命を持っている。
その役割は、さまざまな魔の手を退ける強い心と智慧(ちえ)で人々を仏道に導くことである。
その他、愛染明王、孔雀明王、五大明王が有名である。
五大明王(ごだいみょうおう)=不動明王を中心に東西南北に降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王の四明王が配されて、五大明王という。

降三世明王(ごうざんぜみょうおう)
三世に渡って三毒の煩悩と言われる、貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)を降伏させ退散させる役割をもっている。
特徴は顔が三面あり、八本の手を持つものが多い。

軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)
四つの煩悩を退治する役割を持っている。
1.仏教の真理を知らずに我をもち、迷うこと。
2.自我によってものを見ている。
3.我をもち、それにおごり高ぶっている。
4.自我に執着すること。
特徴は、首、手首、足首に蛇が巻きついている。一面に3つの目を持ち8本の手を持つ。

大威徳明王(だいいとくみょうおう)
阿弥陀如来の使者であり、智慧(ちえ)を守り、その妨げとなるものを退治する。
特徴は、青い水牛にまたがり、6つの顔、6本の手、6本の足を持っている。

金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)
もとは強暴な鬼神として恐れられていたが、仏教に帰依してからは善人を守り恩恵を与える善神となる。汚れた欲にまみれた心を食べ尽くし、人々を守る神として信仰される。
特徴は、3つの顔と6本の手を持ち、正面には5つの目、左右の顔には3つの目がある。

愛染明王(あいぜんみょうおう)
不動明王と同じく、大日如来の化身である。
その役割は、愛欲や煩悩そのものが菩提心であることを人々に悟らせること。
また名前に由来して、縁結びや家庭円満の守り神として信仰されるようになった。

孔雀明王(くじゃくみょうおう)
数ある明王像の中で唯一おだやかな表情をしている明王である。
孔雀の背の上の蓮台に坐し、手には武器類は持たない。
孔雀は毒蛇や虫を食べることから、人々の災難や苦痛を取り去って守ることを意味し、雨乞いの神様としても信仰されている。


如来像
釈迦如来(しゃかにょらい)−真理を教え広めた仏教の始祖−
古代インドの実在の人物。
紀元前7〜5世紀頃、インド・ネパール国境付近の王子として生まれた。
誕生の日を4月8日とし、降誕会(花祭り)としている。
29歳の時、人生の苦悩について深く考え、解脱を求めて出家。
35歳の時、悟りを開く。その日を12月8日とし、成道会としている。
その後各地で説法し、多くの人々に仏教の真の悟りを説いた。
80歳の時、沙羅双樹のもとで入滅する。その日を、2月15日とし、涅槃会としている。

釈迦の教えは、詳しくは仏教コーナー

仏教が伝わって以来、今日に至るまで多くの宗派で信仰されている。

釈迦三尊図…脇侍として、文殊菩薩普賢菩薩を従えている。

大日如来(だいにちにょらい)−知恵の光で宇宙をあまねく照らす密教の中心尊−
宇宙の真理を神格化した真言密教の教主で、仏教の二大要素である「理」と「智」を表している。
教えをわかりやすく説くために、2種類の大日如来がつくられた。
「理」の世界……胎蔵界
「智」の世界……金剛界
遍照如来ともいう。
密教においては仏法そのものが大日如来であり、すべては大日如来から現出するとされている。

薬師如来(やくしにょらい)
寿命を延ばし、諸病諸苦、貧困を除き、安楽を与えるという現世利益が説かれており、古来より多くの人々の信仰を集めた。
脇侍として、日光・月光菩薩が従っている。

阿弥陀如来(あみだにょらい)−極楽往生をかなえる西方極楽浄土の教主−
阿弥陀とは、仏の寿命は限りなく、この仏の光はあらゆる国々、人々を照らすという意味がある。
阿弥陀如来がたてた48の誓願のうちのひとつ、「阿弥陀如来を信じる者はみな極楽浄土に往生させる」という役割を持っている。
阿弥陀如来は、その寿命が無限であることから無量寿如来とも称する。

阿しゅく如来(あしゅくにょらい)
何事にも揺るがない、動じない心を持つ仏とされている。
揺れ動き、迷い、諦めがちな人間を強く仏道に導いてくれる仏。


菩薩像
地蔵菩薩(じぞうぼさつ)
釈迦の入滅後から弥勒菩薩が現れるまでの間、人々を救う為にこの世に現れた救世主である。
六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)のすべての人々を苦しみから救うために、手を差しのべてくれる。
特に、子供を救うと信じられ、「子安観音」「子育て地蔵」などと信仰を集めてきた。

弥勒菩薩(みろくぼさつ)−菩薩の力と如来の力を併せもって救う−
釈迦の次に仏の位につくと約束された菩薩である。
弥勒菩薩について説かれた経典(弥勒三部経)の中には、現在は菩薩として人々の救済のために瞑想・修業しているが、やがて釈迦入滅後56億7千万年ののちに、この世に下生して、悟りを開き、釈迦の時代に説法と救済からもれた人々を救う、と説かれている。

文殊菩薩(もんじゅぼさつ)−諸仏の知恵を象徴する菩薩−
釈迦が前世で子供時代に教えを受けた仏と言われている。
「智慧(ちえ)」を司る仏様として、人々の徳を高めて、学問的知識でなく、精神的な智慧を高めるのを、手助けする役割を持っている。
普賢菩薩とともに諸菩薩の中でも、特に重要な尊格である。
釈迦如来の脇侍として表され、釈迦三尊を構成する。

勢至菩薩(せいしぼさつ)−知恵の偉大な力で人々の迷いを除く−
観音菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍となり、阿弥陀三尊を形成する。
知恵の光をもってあまねく一切を照らして人々を救済する。

普賢菩薩(ふげんぼさつ)−仏の理性を示す−
仏教では欠かすことのできない「行願」を司る仏様。
普賢は、仏の慈悲の究極を意味する。
文殊菩薩とともに、釈迦如来の脇侍として表され、釈迦三尊を構成する。
慈悲をつかさどり、女人往生を説いたため、極楽往生を願う女性たちのあつい信仰をうけた。

虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)
智慧と徳が大空のようにどこまでも尽きることのないことを象徴する仏様。
宇宙の総てのものを含蔵し、無量の智慧と福徳をそなえ、人々にこれを与えて諸願を成就させるという役割を負っている。

観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)
仏の教えである慈悲の心をもっともよく現し、人々の苦しみの声を聞いて、それを救うために神通力を発揮する、菩薩のなかの菩薩が観音さまである。
平安時代頃、真言宗の僧侶たちがポピュラーな観音さまを集めて六観音と称したのが今に至っている。
六道(地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天)に輪廻して苦しむ人々をそれぞれの道ごとに救ってくれる六人の観音さまである。
地獄(聖観音)、餓鬼(千手観音)、畜生(馬頭観音)、阿修羅(十一面観音)、人(准胝観音)、天(如意輪観音)である。
なお、天台宗では准胝観音のかわりに、不空羂索(ふくうけんさく)観音を入れている。まとめて七観音とすることもある。
江戸時代になると、観音さまの三十三身にちなんで、三十三観音というのが考え出された。さまざまなところから生まれた変化観音と三十三身をミックスし、観音経にちなんだ名前がつけられた。
三十三種の姿に変わって人々を救う観音たちは、次の通りである。
1. 揚柳観音 (ようりゅう) 右手に揚柳の枝を持つ
2. 竜頭観音 (りゅうず) 雲中の竜の背に乗る
3. 持経観音 (じきょう) 岩座に坐し、右手に経を持つ
4. 円光観音 (えんこう) 岩座に坐し、合掌する
5. 遊戯観音 (ゆうぎ) 雲上に左ひざを立てて坐る
6. 白衣観音 (びゃくえ) 白い衣をまとった清楚な姿
7. 蓮臥観音 (れんが) 池中より出た蓮華に坐して合掌する
8. 滝見観音 (たきみ) 岩山の断崖に坐って滝を見る
9. 施薬観音 (せやく) 岩座に坐し、右手をほおにあてて蓮華をみる
10. 魚藍観音 (ぎょらん) 手に魚籠を持つ。または、大魚に乗る
11. 徳王観音 (とくおう) 岩座に坐し、右手に緑葉枝を持つ
12. 水月観音 (すいげつ) 蓮華の上に立ち、月を見る
13. 一葉観音 (いちよう) 水上の蓮華に左膝を立てて坐る
14. 青頸観音 (しょうきょう) 岩座に坐し、右手を膝に立てる
15. 威徳観音 (いとく) 蓮華を持ち、岩の上から水面を見る
16. 延命観音 (えんめい) 岩上に肘をつく
17. 衆宝観音 (しゅほう) 右手を地につけ、左手を立てた膝の上に置く
18. 岩戸観音 (いわど) 毒蛇の住む岩戸に坐す
19. 能静観音 (のうじょう) 海辺の岩に坐り、手を岩にあてる
20. 阿耨観音 (あのく) 岩座に坐り、滝を見る
21. 阿摩堤観音 (あまだい) 白い獅子に乗り、手に摩羯魚と吉祥果を持つ
22. 葉衣観音 (ようえ) 勇敢な姿を示して岩座に坐る
23. 瑠璃観音 (るり) 瑠璃の香炉を持ち、水上の蓮華に乗る
24. 多羅尊観音 (たらそん) 雲の上に立つ
25. 蛤蜊観音 (こうり) 蛤蜊(はまぐり)を前にして坐る
26. 六時観音 (ろくじ) 居土身で梵きょうを持つ
27. 普悲観音 (ふひ) 両手を衣の内に隠して、山上に立つ
28. 馬郎婦観音 (めろうふ) 婦女の姿で、法華経と頭蓋骨を持つ
29. 合掌観音 (がっしょう) 合掌して蓮華の上に立つ
30. 一如観音 (いちにょ) 雲に乗り、雷を征服する姿
31. 不二観音 (ふに) 執金剛身を表して、水上の蓮華に立つ
32. 持蓮観音 (じれん) 蓮華の茎を持つ
33. 灑水観音 (しゃすい) 右手に散枝、左手には浄水を盛った灑水器を持つ


聖観音
多くの観音の中の基本となるもので、通常、観音といえばこの聖観音をさす。
諸菩薩の中で仏教圏の最も広い地域で信仰されている。

千手観音
千の手を持つ異形の観音さまで、そのひとつひとつの手のひらに目があるので千手千眼観音とも呼ばれている。
千の御手を駆使して弓矢を放ち、鬼神を退散させる勇壮な仏さまとして「力の仏」として信仰された。

馬頭観音
変化観音の1つで、六観音の1つ。
衆生の無知や苦悩を断じ、あわせて諸々の悪を破壊消滅させる。その姿は菩薩形というより明王形の忿怒として表わされる。

十一面観音
変化観音の1つで、六観音の1つ。
変化観音のうちもっとも早く考え出された。
大きな本面の上に、十面があらゆる方向に顔を向けるように、ついている観音さま。
基本的なパターンは、正面の三つが「寂静面」といわれる静かな慈悲の表情。左側の三つは、「忿怒相」といわれる怒りを込めた厳しい表情。右側の三つは、白牙を出して微笑している。そして、一番上に、「如来相」という、悟りを開いた人の表情をしている。

如意輪観音
人々に財宝を与え、迷いを破る。
輪王坐という立て膝の変った座り方をしている。
変化観音の1つで、六観音の1つである。
「如意」とは、これを持てば意の如く財宝と福徳をもたらす如意宝珠という珠のこと。「輪」とは、法輪、すなわち仏教の教えのことで、知徳を満たすという。

准胝(じゅんてい)観音
変化観音の1つで、六観音の1つ。
准胝は、女性名であり、仏母と呼ばれ子授けの力があるとして、信仰された。

不空羂索(ふくうけんさく)観音
変化観音の1つで、六観音の1つ。
「羂索」は、鳥獣や魚を捕らえる網と綱の意味。つまり、観音の大慈悲の網で、煩悩生死の世界で苦悩するすべての人々をもらさず(不空)救いとる。

十二神将
薬師如来の眷属(けんぞく)である十二夜叉の総称である。
1. 宮毘羅神将 (くびらしんしょう)
2. 伐折羅神将 (ばさらしんしょう)
3. 迷企羅神将 (めいきらしんしょう)
4. 安底羅神将 (あんちらしんしょう)
5. 摩に羅神将 (まにらしんしょう)
6. 珊底羅神将 (さんちらしんしょう)
7. 因達羅神将 (いんだらしんしょう)
8. 波夷羅神将 (ばいらしんしょう)
9. 摩虎羅神将 (まこらしんしょう)
10. 真達羅神将 (しんだらしんしょう)
11. 招杜羅神将 (しょうとらしんしょう)
12. 毘羯羅神将 (びからしんしょう)

十六善神
大般若経およびこの経を読誦する人を守護する護法神。
1. 堤頭ら宅善神 (だいとらだぜんじん)
2. 毘慮勒叉善神 (びるろくしゃぜんじん)
3. さい伏毒害善神 (さいふくどくがいぜんじん)
4. 増益善神 (ぞうやくぜんじん)
5. 歓喜善神 (かんぎぜんじん)
6. 除一切障難善神 (じょいっさいしょうなんぜんじん)
7. 抜除罪垢善神 (ばつじょざいくぜんじん)
8. 能忍善神 (のうにんぜんじん)
9. 吠室羅摩拏善神 (べいしらまぬぜんじん)
10. 毘慮博叉善神 (びるばくしゃぜんじん)
11. 離一切怖畏善神 (りいっさいふいぜんじん)
12. 救護一切善神 (きゅうごいっさいぜんじん)
13. 摂伏諸魔善神 (しょうふくしょまぜんじん)
14. 能救諸有善神 (のうくしょううぜんじん)
15. 師子威猛善神 (ししいもうぜんじん)
16. 勇猛心地善神 (ゆうもうしんじぜんじん)

十六羅漢
仏滅後、正法を護持して修行に励む16人の羅漢をいう。禅宗では、修行の過程にある者の姿として、重んじている。
1. 賓度羅跋ら惰闍尊者 (びんどらばらだじゃそんじゃ)
2. 迦諾迦伐蹉尊者 (かなかばっさそんじゃ)
3. 迦諾迦跋釐堕闍尊者 (かなかばりだじゃそんじゃ)
4. 蘇頻陀尊者 (そびんだそんじゃ)
5. 諾距羅尊者 (なくらそんじゃ)
6. 跋陀羅尊者 (ばっだらそんじゃ)
7. 迦哩迦尊者 (かりかそんじゃ)
8. 戎伐闍羅弗多羅尊者 (じゅばじゃらほったらそんじゃ)
9. 戎博迦尊者 (じゅはくかそんじゃ)
10. 半託迦尊者 (はんたかそんじゃ)
11. ら怙羅尊者 (らごらそんじゃ)
12. 那伽犀那尊者 (なかさいなそんじゃ)
13. 因掲陀尊者 (いんかだそんじゃ)
14. 伐那婆斯尊者 (ばなばしそんじゃ)
15. 阿氏多尊者 (あしたそんじゃ)
16. 注荼半託迦尊者 (ちゅうだはんたかそんじゃ)

十三仏
亡くなった人の四十九日、および年忌法要に本尊として迎える諸仏、諸菩薩をまとめて表わしたもの。
室町時代から、特に禅宗、密教で信仰された。
十三仏はいずれも抜苦や福徳に利益のある諸尊で構成されている。
初七日 不動明王
二七日 釈迦如来
三七日 文殊菩薩
四七日 普賢菩薩
五七日 地蔵菩薩
六七日 弥勒菩薩
七七日 薬師如来
百ヵ日 観音菩薩
一周年 勢至菩薩
3年 阿弥陀如来
7年 阿しゅく如来
13年 大日如来
33年 虚空蔵菩薩

七福神
恵比須天
日本の神で男性。
漁師にとっては豊漁の神、農民にとっては豊作の神、商人にとっては商売繁盛の神とされる。
左手に鯛、右手に釣竿を持っている姿。
恵比須天

大黒天
インドの神で男性。
もとは破壊や戦闘を司った神だったが、日蓮宗では厨房の神としたことや、大国主命と習合したことから、俵の上に乗って袋を担ぐ姿になる。
開運招福の神。
大黒天

毘沙門天
インドの神で男性。
四天王の一つで北方を守護する神であった。
善行を重ねた人に財福を与える福神。
毘沙門天

弁財天
インドの神で女性。
もとは、水の神、農業の神であったが、学問や音楽の神として、一般に楽器を持った姿であらわされる。
学問・技術・蓄財の神として信仰される。
弁財天

福禄寿
中国の神で男性。
福徳・財産・長寿をもたらす神。
福禄寿

寿老人
中国の神で男性。
長寿の神。
寿老人

布袋尊
中国の禅僧。
七福神の中でただ一人の実在の人物。弥勒菩薩の化身ともされ、風貌や笑顔から福徳円満とされ福神。
布袋尊


鍾馗(しょうき)
鬼の首をはねるのを得意とされ、魔を除き疫病の悪神を追い払う神とされる。
特に端午の節句には勇ましい鍾馗さんを描いた幟(のぼり)を戸外にあげたり、絵を飾ったりする。
朱色で描いたものは子供の疱瘡(ひょうそう)除けになるとされる。

弘法大師 年表
774年 讃州の国(香川県)に生誕。
788年 奈良の都に上京。儒学を学ぶ。
793年 和泉国、槙尾山寺において名僧の徳をうけ出家得度する。
794年 奈良東大寺において、空海と改名。
804年 遣唐使にて、中国長安の都に入る。
805年 真言宗七祖、恵果和尚より「遍照金剛」の称号を授かる。
809年 高雄山寺において、真言宗の立教開宗のための活動をする。
815年 四国八十八ケ所の開創。
816年 鎮護国家、修行の根本道場として、高野山を開創する。
823年 教王護国寺(東寺)を賜る。
835年 高野山奥の院において入定。
921年 後醍醐天皇より、「弘法大師」の名を賜る。


菅原道真(すがわらみちざね)
845年〜903年
平安時代前期の学者、文人、政治家。教育の祖といわれる。
18歳で試験に合格し、順調に出世していく。その後も、天皇に信任され政治にも参画するようになる。
901年、藤原一族の陰謀により、大宰府へ左遷され、59歳で病没。
江戸時代になって、学問の神として広く信仰されるようになる。

達磨(だるま)
?〜528年
南インドはバラモン国王の第三子として生まれる。60歳になり、中国へ渡る。
中国の小林寺で壁に向かって座禅を組み、「面壁九年」の伝説ができる。中国の禅宗の基礎を作った。
江戸時代になり、だるま人形ができ、玩具として親しまれるようになる。「七転び八起き」は有名である。

七賢人(しちけんじん)
中国の魏晋時代(3世紀)に輩出した、阮籍(げんせき)、ケイ康(けいこう)、山濤(さんとう)、向秀(しょうしゅう)、阮咸(げんかん)、劉伶(りゅうれい)、王戎(おうじゅう)の7人の賢人をさしていう。
当時は、儒教の精神をささえに永く続いた漢王朝が崩壊して、政争の絶えない時代であった。そうしたなか、七賢人たちは俗界を離れて竹林に集まっては、酒を飲んだり、琴を弾いて談をたたかわせたり、自由に交遊して日々を過ごした。やがてある種のあこがれをもって人々に語り継がれていった。また、竹林は俗を嫌う高潔の士の愛好の場となった。

寒山拾得(かんざんじゅっとく)
寒山
8〜9世紀、唐の伝説的人物。天台山の寒巌に隠棲し、布衣を着、木履をはいて、村落を歌唱して歩いたといわれる。
拾得
天台山国清寺の行者であったが、寒山と二人で国清寺に出入りし、貧しい生活をした。僧でも俗人でもなかったが、深く仏教の哲理に通じた。

泉 智等(いずみ ちとう) 年表
1849年〜1928年 別名;物外(ぶつがい)

嘉永2年 徳島県鴨島町に生まれる。
万延元年 12歳で硯道和尚により得度。
元治元年頃 徳島の芝 秋邨塾で漢籍を学ぶ。
明治元年〜5年 高野山で仏教学を究める。
明治6年〜10年 京都で仏教学を究める。
明治12年〜26年 真言宗布教師として全国を巡錫する。
明治33年 京都仁和寺門跡となる。
明治41年 京都泉湧寺(第147代)長老となる。
大正3年 真言宗総理・真言宗京都中学校長となる。
大正12年 高野山派管長となる。
総本山金剛峯寺第388世座主となる
大正13年 真言宗連合総裁となる。
大正14年 三派合同古義真言宗管長となる。
昭和3年 9月26日寂。享年80歳。
現在 高野山大師教会本部玄関前に銅像がある。



天照皇大神
「天照る」(あまつる)は、天下をお治めになる意味。
日本神話の最高神で太陽を象徴する女体神で、大和朝廷の祖神であり、皇室の祖先とされている。
イザナギとイザナミの二神の間に生まれた長女で神々の国を治めていた。弟の1人は、夜之食国(よるのおすくに)を治め、もう1人の弟はスサノオの命である。孫のニニギの命は、天降(あまくだ)って、大和朝廷の祖先となる。

聖徳太子
573年〜622年
日本仏教最初の祖師であり、『日本の釈迦』と、仰がれる。
憲法17条の布告によって、それまでの豪族支配から天皇中心の政治体制への変革を進めていった。
法隆寺には、太子の等身大という釈迦仏像が安置されている。

鑑真(がんじん)
687年〜763年
別名 渡海大師(とかいだいし)
唐大和上(とうだいわじょう)

中国の揚州江陽県の生まれ。
日本の朝廷から懇願され、来日を決意する。
日本にたどり着いたのは6回目の渡航で、745年、67歳にようやく来日する。
759年、唐招提寺を建立する。
日本律宗を開く。

智ぎ(ちぎ)
別名は天台大師。天台宗の高祖とされる。

最澄(さいちょう)
767年〜822年
別名は伝教大師。
宗祖とされる。
近江(現在の滋賀県大津)の農村出身。
12歳で国分寺に入り、15歳で得度する。
20歳、奈良にて正式な僧侶となる。
その後、比叡山で10年余り修行する。
804年、遣唐使により、唐へ渡り天台法や密教など与えられる。
帰国後、806年、桓武天皇により天台宗の公認を得る。
比叡山延暦寺の基礎固めを始める。
56歳で、入滅。その後、最初の大師号を授かる。

円澄(えんちょう)
772年〜837年 第2代座主。
真言宗に比べて不十分だった密教の充実をはかった。

円仁(えんにん)
794年〜864年
第4代座主。別名は慈覚大師。
現在の栃木県生まれ。14歳で比叡山に入る。
関東、東北へも布教活動を広めた。71歳で、没する。のちに、山門派となる。
『理同事別』を唱えて、天台宗の密教化を押し進める。

* 理同事別 : 教理においては、法華も真言も同じだが、修法においては、別次元である。

円珍(えんちん)
814年〜891年
第5代座主。
別名は智証大師。
現在の香川県善通寺市に生まれ。15歳で比叡山に入る。
39歳のとき、入唐。帰国後は、朝廷から厚い信頼を受け近江の園城寺(三井寺)を、天台別院とした。
その後も、天台宗の密教化を押し進め、78歳で生涯を閉じる。
のちに、寺門派となる。
円仁がよりどころとする「法華経」より、「大日教」のほうが優れていると明言『円劣密勝』し、後世において両派は激しく争うことになる。

良源(りょうげん)
912年〜985年
第18代座主。
比叡山の荒廃を復興し、中興の祖と称された。
密教一辺倒から天台教学の復興を目指した。
門下に、 源信(げんしん) 942年〜1017年
覚運(かくうん) 953年〜1007年
尋禅(じんぜん) 943年〜 990年
覚超(かくちょう) 962年〜1034年
の、四哲をはじめ多くの俊英が輩出した。

天海(てんかい)
1536年〜1643年
別名は慈眼大師。
11歳で比叡山に入り、台密を修める。
1609年、徳川家康によって、権僧正に任ぜられる。
家康の厚い信任を得て、関東天台宗の興隆と発展を目指して精力的な活動を展開。
家康の没後、祀り方でライバルの崇伝の「明神」案を退け、自身の「権現」案で「東照大権現 家康」を実現した。
関東天台宗の本山を上野に建立。(東叡山寛永寺)
108歳で没する。

法然
1133年〜1212年
浄土宗の開祖
別名 源空、円光、和順大師
1133年、現在の岡山県に生まれる。
13歳、比叡山の西塔北谷の源光に師事。
15歳、比叡山の東塔西谷の皇円に師事。
18歳、比叡山の西塔黒谷の叡空に師事。
のちの思想的基礎は、ここで形成される。
ひたすら念仏を広めることを決意し、43歳で比叡山を下りる。
独自の教えを説き、専修念仏の教えはしだいに力を増していった。
しかし、念仏禁止などの受難に合い、75歳に四国へ配流される。
80歳、念仏の肝要を記した「一枚起請文」を弟子に渡し、大往生を遂げる。

親鸞(しんらん)
1173年〜1262年
別名 綽空(しゃくくう)
善信(ぜんしん)
見真大師

1173年、名門一族の子として生まれる。
9歳、出家し比叡山で修行する。
29歳、下山し法然のもとに弟子入りする。
その後、専修念仏禁止のため、越後へ流罪となる。
そこで伴侶の、恵信尼(えしんに)と結婚する。
関東へ移り布教活動を開始する。
62歳、京へ帰るが、妻との離別、息子との縁切りなど、波乱な状態が続いた。
しかし、信仰と教化に専念し自らの信ずる道を歩んだ。
1262年11月28日、90歳で入滅。

思想…念仏を信じるだけで成仏できる。念仏こそが思想の根幹である、と説く。

一遍(いっぺん)
1239年〜1289年
別名;智真大師・証誠大師

現在の愛媛県、道後に生まれる。
13歳で浄土教を修行する。
その後の修行で、阿弥陀仏のさとりと、衆生の救済は同時なもので、これを可能にするのは南無阿弥陀仏という名号であると、悟りを開く。
また、熊野権現に教えを請い、信仰の有無にかかわらず阿弥陀仏は救ってくれるということであり、小さな紙片に『南無阿弥陀仏』と記した札を配り歩く独自の布教方法を考えついた。
こうして全国を遊行し、さらに踊り念仏が加わった布教スタイルが確立された。
兵庫観音堂にて入滅。51歳。

栄西
1141〜1215年
別名;明庵/葉上房/千光国師

1141年、現在の岡山市に生まれる。
11歳、天台密教を学ぶ。
14歳、比叡山で具足戒を受ける。
27歳、宋へ留学し天台密教を深める。
帰国後は、九州で密教と禅の研究に没頭する。
47歳、再び宋に行く。
5年間で臨済宗黄竜派の禅を修業する。
帰国後は、九州を中心に布教活動を展開する。
博多には我が国最初の禅寺といわれる{聖福寺}を建立する。
また、北条氏の支援のもと京都に建仁寺を開創する。
1215年、鎌倉の寿福寺で生涯を閉じる。

道元
1200〜1253年
別名; 道玄、希玄、
仏法房、承陽大師


1200年、京都、宇治で生まれる。
13歳、比叡山、横川に入る。
1223年、本格的に禅の学問を修めるため中国へ渡航。
修行に専念し、4年後に帰国。
31歳、京都の深草に隠遁する。
1236年、曹洞宗開宗第一号の寺、林禅寺を建て布教活動を行う。
のち、福井県に移り大仏寺の開堂供養を行い、のちに永平寺と改める。
54歳、京で病にかかり生涯を閉じる。

道元の思想は「只管打坐」(しかんたざ)にある。
読経、念仏、焼香、礼拝、懺悔などに重きをおかず、ただ無条件に坐ることを説く。
また、座禅修業は老若男女の区別や身分の差など関係なく、座禅そのものが、悟りであるとする『修証一如』を説いた。

隠元
1592〜1673年
別名; 隆g(りゅうき)
大光普照国師(だいこうふしょうこくし)


中国の福建省に生まれる。
29歳、黄檗山万福寺で出家。
臨済宗楊岐派の禅僧として黄檗山万福寺に住する。
63歳、来日する。やがて、京都の宇治に落ち着く。
1661年、この地に、万福寺を建立する。
以来、中国にはなかった黄檗宗をつくりあげる。
81歳、没。

日蓮
1222〜1282年
別名;蓮長/立正大師

1222年千葉県の漁師の子として生まれる。
16歳で出家し、各地の諸寺を訪ね歩き、やがて『法華経』こそが真の仏教である、と確信を得る。
念仏信仰を非難し、ほかの宗派はすべて法華経に従うべきである、と持論を展開する。
鎌倉に本拠を移し、布教活動を始める。
『立正安国論』を著するも、鎌倉幕府より弾圧され、流罪にあう。
罪を説かれるも、再び佐渡へ流罪となる。
三年後鎌倉へ戻り、三度「法華経」への帰依を勧めたが、はねつけられる。
やがて見延山に落ち着くが、9年後に健康を害し、61歳の生涯を閉じる。

彼は、天台宗から出発し、天台宗の教えの中でも根幹としたのが、法華経であった。法華経こそが最高の経典であると信じて疑わなかった。
また、「南無阿弥陀仏」ではなく、お題目の「南無妙法蓮華経」を第一に重んじた。


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